-なずな(ぺんぺん草)-10年以上の長い鬱病から抜け出し、これまでの過去の上に少しづつ色んなものを積んでいきたい。過去と現在、そしてこれからのことについて思うことを 現在27歳 人生の第2幕 スタートなりぃ!


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久しぶりに・・・

久しぶりの投稿になっちゃいました。
って最終投稿から2年半以上....
ブログの更新を辞めようとは思いもしなかったんですが
気がついたらこんなに月日が...

思い出したように、先ほどこのブログを開き、
過去の自分で書いた記事を読んでいると、
懐かしくもあり、恥かしいようでもあり、
また自分で書いた言葉にハッとさせられることもありで
自分の思いを書き留めておくのは有意義なことだなと
改めて思いまして、久しぶりの投稿と相成りました。

まぁ、読者は読み返す私以外にほとんどいないでしょうけど。


2年半の年月....
本当にあっとゆうま。
三十路前後になると、小学生の頃に三学期ですら長く感じた
あの感覚が愛おしくさえ感じられます。

年配の方に聞くと、
「年を重ねるともっと早く感じるようになるよ」
なんておっしゃる。
エドヴァルド・ムンクの叫びに描かれている人物は
この言葉を聴いてあのような...と思えるような言葉を頂き
時間の不思議さにもてあそばれているように感じる今日この頃。

生活の方は、至って地味に、
いろいろとありますが
少しづつ階段を登っているように感じられる日々。
落ち込む事もあるけれど、まだまだ人生の折り返し地点手前の若造。
これからであります。

趣味がいくつか出来ました。
美術館巡り。
明治期から二次大戦前くらいまでの日本画のみですが
大好きです。日本人の誇れる繊細さ感受性や
西洋と東洋の技法が融合した美しさを感じられる
私の中では絶品たちであります。
登山。
自然は美しい。癒してもくれます。
音楽。
今はハワイアンがマイブーム
ドライブ。
高速道路のサービスエリアでのオヤツが旅のメイン(笑)

とりあえず、
次回は中身のあるブログを書きたいと思いながらの
久々の投稿でした。
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# by skyblue-kt | 2009-09-09 20:07

休みの朝

僕という中心から広がる世界。
その世界は白いのか、黒いのか、黄色いのか、青いのか。
どの位広くって、どんな物があって、そこで何をしていたのか。
今となっては、10km先のトンボでも見ようとしているかのよう。
そんなあやふやな世界とは少し違う世界に一つ、また一つと
自分の5感で確かに捕らえられる物がぼんやりと姿を現してくる。
それでも、まだそこは夢と現実の狭間の世界。
何かを見ているようで何も見ていない目の上のまぶたを
引きつらせながら、上体を起こす。
時計を見ると"09:30"と表示されている
休日のいつもより遅い朝の目覚め。

起き上がり、カーテンを開け、そのままベランダに出て
キリッとした空気と晴れ渡る青空から降り注ぐ黄色の太陽を感じながら
馬鹿みたいにとぼけた顔で深呼吸し
息を吐くついでに近くの公園にぼんやりとした目線を送る。
梅の花が咲いてて
おっと思う。
やりたいことが一つ出来た。
それなのに全く関係無いことなんかした後に
公園に向かう。
最初にベランダに立ってから1時間は経っている。

近くで見る木々に咲き誇る小さな花々は、
僕の頭の中にあった、ぼんやりとにじんだイメージとは違い
当然だけれど現実的で、僕の頭の中や手で
作り出すことなんて出来ないもので
それを見ていると
僕の中のどこかがほころんでいくような気がする。
僕の他にも、散歩途中の方や、子供連れの方や
二人組や、おばちゃんとかが同じように眺めている。
おじさんも、林立する梅広場のド真ん中で三脚を立て
位置取りを頻繁に変えながらカメラをのぞいている。
晴天と梅とそれを感じる人々の心で穏やかで華やかな雰囲気が広がってる。

下を見ると、風に吹かれて舞落ちた小さな花びらが
木々に咲く花に負けないくらい敷き詰められている。
地面を踏むことに罪悪感を感じることもそうは無い。

美しい花弁の絨毯とでも言えるのか。
花びらが無ければ茶色い地面に、
緑の草がまだらに生えているだけ。
見苦しいわけじゃ決して無いけれど、
いつもの風景。
心弾むことは無いだろうと思う。

一つの花びらは吹けば飛んでいってしまいそうな小さなもので、
踏んづけちゃえば消えて無くなってしまいそうな儚い物だけれど。

一人の人間の花びらのように美しい思いや行動は、
忙しい日々や、何かに捕らわれてしまう心の世界では、
消えてしまいそうな小さく儚いものだけれど、
僕も人も世界も、あの空の下で輝く花びらの絨毯のように...
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# by skyblue-kt | 2007-02-19 21:25

大切にしたい

何かを手に入れれば、何かを失う。
そうであるならば、何かを捨てれば、何かが手に入いる。

不景気だ、不景気だと言い、これ以上のお金を欲しがるならば、
今当たり前のように感じている何かを失うことになるのだろう。

世界有数の大国になった日本。
不自由の無い生活の代償となった物も多く有る。

資本主義がベースに有るこの国で
景気が良くなるということは、何かを消費するということ。
自然の中で調和し、生かされているということを忘れ
止まることの無い我欲に捕らわれ
その自然を消費し尽くす。

世界中が異常気象に包まれる今冬。
私たち人間の行いが招いた結果であることは間違い無い。

このままでは世界が消えて無くなってしまうかもしれない
と感じながらも
僕たちは今の歩みを止めることが出来ない。

逆に手近な快適さや喜びに走り
この流れはこれからも加速していくのかもしれない。
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# by skyblue-kt | 2007-01-23 21:35

レッツ 賀正!

2006年。風邪なんかは少し引きましたが健康に過ごす事ができました。
家族も皆元気で、我が家の中は笑顔です。何より何より。

子供の頃はあんなにゆっくりしていた時間の流れが、
最近では超特急で流れていきます。
一年ですらあっという間です。
まさに、各駅列車と特急列車のよう。
でも、その車窓から見える景色は逆で
より大きな窓から、色々なものがよく見えるようになったように思います。
都会での生活は、そんな生き物臭い感性を横に置いて
早くなれば伴って景色も見えにくくなるような生活になりがちだし、
それを人も求めているようなところがあるような気がしますが、
忘れずに、自分の内外で調和を取って行きたいと思う今日この頃。

未だに、新年という感じはしませんが...
今年の抱負としては、話し上手になる!です(笑
聞き上手ではあると思うんですが
やっぱり、過去の10年以上の日々の中で、
誰かと話をした日数よりも、無言で過ごした日々の方が多かったし
何かを深く考えたりすることも出来なかった。
正月に色々な人に会って感じたのは、自分は経験不足だということ。
みんな、やっぱり色々な経験を感じて生きて来ていますよね
本を読むよりも、あ~だこ~だ考えるよりも
何かを経験し心で感じる事の方が今の自分には不足しているようです。

ちゅう~ことで!
今年はですね、ちょっとした不安や恐怖に負ける事無く
アクティブにアクティブに!広く、そして高く行きたいと思います。

詳しい作戦はソファーの横に置いてある、何でもノートに書こうっと(ムフ
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# by skyblue-kt | 2007-01-06 23:42

春夏秋冬、それぞれ。

冬なんて寒くて嫌だななんて思っていたけれど
街を駆け抜ける風が肌寒くなり
木の葉が少しずつ色づき
半袖が長袖になって
そうゆう日々をあたりまえのように過ごして
今があるわけだけど
今となっては冬もなかなかいいなって、思う。

冷たく凜とした空気は特有の物だし
朝、目覚まし時計のベルを止めた後の
布団の中で夢と現実との間でグダグダしてる時なんて最高だし(笑)
体が冷え切った時に暖かい飲み物を飲んだだけで幸せな気持ちになれるし

考えてみると
ほんの数十年前までは冬は死と隣り合わといっても過言ではないかもしれない
木造の建物はすきま風が入ってくるだろうし
布団だって、暖房器具だって無い。食べ物だって乏しかっただろうし。
風邪を引いたって今みたいにすぐに薬が飲めることだってなかっただろうし

現代だって日本にも、同じような人はいるだろうし
世界に目を向けると、そんな人の方が多いかもしれない。

冬に大切な人が亡くなることが無いだけでも、幸せなことだ。
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# by skyblue-kt | 2006-12-01 22:02

何の為に生きるのか

何の為に生きているんだろう
って言葉をよく聞く。

人それぞれ考えはあるだろう。
僕は、生きる為に生きているんだろうと思う。

人間以外の動物や植物は
今日や明日やもうちょっとの日々を生きていくためだけの
食料を取ることに生活の大半を費やす

人間もそれでいいと思う。
まずは食べるために働く。
働けること、働ける体が有ること。
これだけでもある人から見れば幸せなことかもしれない。
そんな働き、生きている中で
人や何かとふれ合いながら
目標が出来たり、感動したり、優しくなれたり、
そんなことが一つでも経験出来たら
幸せと言わずになんと言おうか。

でも、多くの人は生きれること、普通に生活出来る環境が
あたりまえなものだと思ってしまうんだろう。
人は自分を不幸だ不幸だと、自分に無いものを数えるのは得意で。
そうであるのは他の誰かのせいなのかもしれないし、
環境のせいかもしれないし社会のせいかもしれないけれど
そんな事を乗り越えたところに、心の幸せがあるんだと思う。
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# by skyblue-kt | 2006-11-04 03:24

仏教

仏教と聞くと
生臭坊主とか、なんか薄暗というか、胡散臭いというか(笑
そんなイメージで捕らえている人も少なくないと思う。

お遍路の旅を通して仏教に少し関心を持ち
少しずつ本を読んだりしているけれど面白い。

面白いというか
まず、宗教と聞くだけで良い印象が無かったし
小学生の頃おじさんの家で行われていた日曜学校で読む
聖書に関心が向かなかった事もあり
宗教と言われるものに対する認識に誤解があったのかもしれない。

読んでみてまずびっくりしたのが
とても現実的な内容だということ。
TVで人気の細木数子のお悩み相談を見ているよう。
そして、その中の教えも
僕が日々感じている事に近く、また深い。

世界の仏教界の偉い方の集会で
その観念を明確にするために掲げられた5ヶ条があるらしい。
1.悲創造神主義
  この世は神が作ったものでは無いく、私たち一人一人が作っているもの。
 こうゆうふうに書かれてある。
  明治の昭憲皇太后の歌 
   「もつひとの こころによりて たからとも あだともなるは こがねなりけり」
  が紹介され、猫に黄金を見せても宝ではない。総て我々の頭の中のこと。
  だから人間は環境が変われば、物の見方も変わる。幸だ不幸だと思うのも同じ。
  また、高杉晋作の 「面白く なき世の中を 面白く すごすは人の 心なりけり」
  を紹介し、こうゆうのが非創造神主義だと言っている。
   男前が悪くても、若い娘から見れば羅漢顔に見えるかもしれないけれど
  養老院に行けば、元気で若くて美しい立派な好男子に見える。
  人によって良くも見え、悪くも見える。これが非創造神主義。
   
  このブログで書いていたようなことと同じような内容で
  自分の意見なのか本の要約をしているのか解らなくなってくる(笑

2.平等主義
  例えば、男女が有るけれども、男では子供にお乳はやれぬ。
  かといって女はどえらいヒョウタンのようなものをぶら下げて
  男のように野山をかけずり回れない。だからそれぞれの特徴を認め
  種族が違うだけで、どちらが偉いとか偉くないとかいう問題ではない。

3.大慈非主義
  一方を愛し、一方を愛さなず。の偏愛でなく平等に愛すること
4.理想主義
  仏教の理想主義は、空想的では無く、より現実的である。
  つまり、観音様が雲の上からドロドロと出てくる絵のように
  そんな仏様があるかのごとく思っているのは間違い。
   また、仏教は酒の味のように言葉ですべて表現できる物でも無い。
5.自覚主義
  上の4大主義を自覚することで、自分だけでなく、世のためになる。

今読んでいる、澤木興道 法華経を読む ー 大法輪
の閣冒頭部分を要約するとこんな感じです。

仏教には他の宗教には無い、
読むだけで、生活に生かせるような身近さがある。
昔の人も今の人も同じ悩みを持ち生きているんだと感じさせる柔らかさがある。
そして生きることが楽になるようにと何千年という長い年月、代々伝えられてきた
暖かさがある。

  
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# by skyblue-kt | 2006-10-29 12:08

秋風

少し冷たい秋風が心地よい季節
春も夏も好きだけれど
秋もいい。
肌触りの良い暖かい長袖を着て秋風の中にたたずんでいると
どの季節とも違うこの秋風のように
僕の心も、
すがすがしさだったり、
冷静にくるまれた情熱みたいなものだったり
少しのもの悲しさだったり
そんなもので満たされていく。

もうすぐ九州にも紅葉シーズン到来
楽しみであります。
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# by skyblue-kt | 2006-10-28 22:36
最近残業残業でして、お返事遅くなり申し訳ありません。
コメントの文字制限があるようで投稿できなかったので
こちらに書かせてもらいます。
雨降って暇だからって書きすぎでしょうか?(笑

僕も他人と人生を入れ替えるかと問われれば、「NO」かなぁ
自分という人間を昔よりは格段に理解出来るようになって
短所は沢山あるけれど、少しずつ解決していけばいいやって
楽観的に捕らえられるし、その短所の為に他の人に迷惑をかけてしまっても、
その人々に感謝の念を持ち言動すればいいんではないか、
僕は生きていて、みんなも生きているんだから。
上手く表現出来ないけれどそんな理由です(笑 
もちろん良いところも沢山あるし。
そしてどんな環境にいても、幸・不幸を決めるのは結局は自分の心ですし。

先日TVを見ていると親王様ご誕生についての番組で
紀子様の実家にはTVが無いということで
コメンテーターが、「TVは人を馬鹿にする」
とTV出演者とは思えないことを発言していましたが(笑
それは僕も思っていました。
TVからの情報や価値観を何も考えずに大衆の考え、
自分の考えとしてしまう。
お金があること、美味しい物を食べること、結婚すること、容姿が綺麗であること、
わかりやすい幸ではあるけれど、その裏にある不幸や
その反対側にある幸を考えなければ、多くの人々は不幸ということになってしまう
気がします。
郵政民営化に私利を捨て勇気を持って反対した立候補者に
刺客を放った小泉政権が圧勝という事態が象徴的に思う。
そうゆう誰かの嘘に付き合って、不幸だ不幸だと言っている人が
沢山いるんではないかって思う。

知り合いに、20代で会社を立ち上げ金銭的にも、人間関係にも
不自由なく生活しているように見える人がいましたけど
やっぱり悩むことは多々有って、幸せじゃないよ、なんて言っていました。
a-tenarさんはゲームはされないと思いますけど
昔やっていたロールプレイングゲームっていって
敵を倒して、キャラクターを強くしたり、お金を得て装備品を良い物にしていくって
ゲームがあるんですけど、どんな強敵をも雑魚のように倒せ、これ以上の装備品は無い
くらいにまで育ててしまうと、むなしさを感じました。
人生もそんなもんじゃないかなって思います。
ある事に成功した人が、もっともっとと違うことに挑戦するのも
登っていくことに楽しみや幸福を感じるんじゃないかなぁと。

そうゆう意味では、内面的なものではあるけれど
僕には沢山の克服できるものがあり、
日々、それを改善するべき方法を考え、そしてちょっとした勇気を出して
それを実践する。そして何かを得ながら成長していくことは
人生の楽しみの大きな一つであるように思います。

僕も大学時代の最後の一年に入る前、大学に行って卒業研究するに当たって
研究室の人達の中に入っていくのがとても怖かったです。
それでも、なんとか乗り越えることが出来て今があるような気がします。

今思うことは、どんな時にも余裕を持つことと、少しの勇気の大切さです。

人それぞれで、自分の経験から考えて何かを得ていくしかないと思いますが
こうやってたまに思ったことを交換しながら
お互い、自分を知る=自分を好きになっていければと思います。
またコメントしてくださーい(笑
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# by skyblue-kt | 2006-09-16 10:53

玉響(たまゆら)


我が国日本には四季が有り、季節がうつろいゆけば
その時々の喜びや、寂しさや、色んな感情が巡ってゆく。

そんな中で、自然と共生する中で、感情豊かな私たちが育まれている。

日本語もまた豊かだ。
麗らか、青田、薫風、待宵、茜雲、氷雨、雪明かり等々
季節の一瞬を表現した言葉だけれど
ほんの数文字の言葉が、その時々の情景や人々の生活・心模様なんかを思い起こさせる。
そんな言葉がいっぱいいっぱい有るわけで、言葉一つ取っても素敵な文化だと思うし
その一言葉、一言葉に思いをはせることが出来ることも素敵なこってす。

玉響(たまゆら)
翡翠や瑠璃、真珠等の宝石が触れ合って、微かな音を立てる様子から
かすかな、とか、はかない、といったことを指す言葉。

君が手と我が手と触れしたまゆらの 心ゆらぎは知らずやありけん 太田水穂

その響きや文字を含め
日本の花々を見たときに感じる、美しく儚いあの感じと
同じ雰囲気を持った、日本らしいとっても美しい言葉だなぁ思った初秋夜。
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# by skyblue-kt | 2006-09-03 00:15

改めてうつを考える

社会人になり、早一年
何も無かったようで、沢山の経験が出来たような
あまり成長できなかったようで、よくよく考えると成長出来ているような
そんな感じです。

14から27才、今思うと遠い昔のような気がするけど
僕の人生の大半を占める、あの時間が形成した僕という人格は確実に僕の中にある。

15年近く、孤独で、他人を自分の中に、心の中に入れることすら無かった、出来なかった。
振り返ると友達と呼べる人も、恋人と呼べる人も一人も居なかった。
だから、会社の人と毎日顔を合わせ、同じ時間を過ごすということに
どう自分をアジャストさせるかってことを一番考えたような気がする。
そんな中で、他の人を嫌な気持ちにさせたこともあるかもしれないけれど
少しずつ笑顔で、楽しく過ごせる時間が増えている。
まだまだ沢山の課題はあるけれど、一つ一つ乗り越えられそうな気がする。

今改めて鬱病を考える。
他の人は、15年近くの鬱病に対して、大変だったねっていうかもしれないし
そのくらいどうしたんだよって言うかもしれない。
僕としては、人生の一つの出来事に過ぎないような気がしている。
それほどたいした事では無いし、かといって鬱病から得ることが出来た
沢山の事は今の僕には必要不可欠な物。
そうやって、訪れてきた苦難を乗り越え、新しい喜び幸せを感じたり
しながら積み上げていくのが人生なんだろう。

いろんな沢山のものが積み重なって、
僕の生活が成り立っているわけだけど
それらに感謝出来、幸福だと思え
他の人を愛おしく思える。
そうしてある今の自分を、僕自身好きでいられる。
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# by skyblue-kt | 2006-09-01 23:50

祈るということ

祈るということ

二日目の夕方から、お遍路周りがスタートしたわけですけど
前回ほどの充実感はありません。
季節や、心理状態が影響したことも考えられますけど
一番の要因は、毎日の祈り・内観する行為が
お遍路廻りに対する新鮮さみたいなものを
減退させたことだと思う。

この不充実感から、祈るということ、お遍路周りすること
信仰とは、人とは。いろんなことを考えさせられた。

祈るということ。
世の中には、沢山の宗教、民族があり
そのどれも祈りと無縁のものは無いし
どんな人でも、何かしらの形で行ったことがあるでしょう。
よく考えると不思議なことです。

多くの場合、祈りと願望も無縁では無いと思う。
人には、生きることには、その時々で何かしら
苦難だと感じるものがある。

誰の耳にも届かない、自分の心の中で唱える
そんな苦難を克服したいという声が、
多くの場合の多くの人の祈りである気がする。

僕は目に見えないもの、人に理解出来ないものはあると思っています。
死んだおじぃちゃんやおばぁちゃんが
僕を見守ってくれていたりしていると思っています。
それでも、神を信じて、神を頼らず というような宮本武蔵の言葉があったと思いますが
困難だと感じる事を自分で考え、行動して克服していくことが必要なんだと思う。

僕の祈りは、朝
沢山の人に感謝し、その日の目標というか願望を掲げ、
そうするには、どんな心理がいけなかったのか、どうすればいいのかを考える
夜は、その日を振り返って感謝したり、また内観したり。

この世はトレーニングジムという比喩を聞いたことがあるけれど
やっぱり人と苦難とは無縁ではないわけで
その苦難をどうとらえるか、どう向き合うか
そこから、自分や生きることをどう思うか。
それを行うのが僕の祈りで
そうすうすることが幸福につながるというか、早道というか
そんな気がしている。

また、僕は信心深いわけでは無いけれど
そうゆう中で生きて、成長していくには
目に見えない人たちが、僕たちの手助けをしてくれていると信じ
その事に対し、ありがとう、またよろしく。
と祈る、打算的な部分もあるし、
理屈ではわかっていても、
「神様お願い」
という逃げ出したくなるような、弱虫な部分もある。

それが僕の祈るということ。
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# by skyblue-kt | 2006-08-26 23:13

四国 夏 旅2日目


夜明けの眩しさと、朝を迎えた虫達の陽気な声々に目を覚ます。
ふと外を見ると、おっちゃんが外に居たので挨拶し、暫く話した。
バイク歴30年以上、おっちゃん曰く、国内は制覇したらしい。
僕なんかは、へっぽこライダーなんで、そろそろ車もありだなとか思っちゃってます。
キャンプ場の管理人とも話していたんだけど、帰り際
またきてよ~と言われたけれど
暇なのはすごくわかるけれど、僕にも旅があるので
「いやいや~ あはは」 と笑いを残し
エンジンの回転数を上げながら、颯爽と去っていくのであります。
そして少し行ったところで、おもむろにバイクを道脇の方に止め
ごそごそと荷物の中から地図を取りだし、
どこいこっかな~と思案するのであります。
そこで見つけたのがキャンプ場から10㎝くらいの所に
石鎚山という日本100名山の一つに数えられる山。
最近運動不足で、動きたい盛りだった僕は観光がてら登山することに。
向かう途中、清流のあまりの美しさに数十分足止めを食らったり
おばぁちゃんが道脇で焼くとうもろこしにやられそうになりながら
ふもとに到着。
登山口にある小さな販売店のおっちゃんから
片道2時間とか、いろいろと情報を仕入れ、
また、登山の準備を何もしていない、
おいらのファッションチェックをしてもらうと
「若いから行けるでしょう~」
というお墨付きをいただき
憂いも無く、やるき満々でいざ出陣でございます。

登山する人同士って挨拶するんですよ。
知ってますか? ぼ、ぼくちんは知りませんでした。
登山初めてだったんで(笑
連休中で登山者も多く、多分人生で一番多く挨拶したんじゃないかなって思います。ハイ
挨拶も勉強になるもんです。
初登山にしては少々強敵ではありましたが、
感想としては、なかなかよかったです。
これからもちょくちょく登山できればなぁと。
その時もポリシーとして普段着は譲れませんっ
買う金無いんだろう。とか、いつか死にそう。とかって声がどこからともなく聞こえそうですけど。

最近、旅で城下町や古いお寺や自然を目にすると
よく昔の人の生活や、想いを想像しちゃうんですけど
今回の石鎚山の清く・神秘的な自然を感じながら
いろいろと考えていた。
やっぱり日本はいいとこです。

今日のキャンプ場は真夜中の3時頃から4時にかけて
ゲリラのように忍んで来て、打ち上げ花火を鳴らしては
笑いながら走って逃げていくという、
イラクのアルカイダもびっくりな
極悪悪質集団に悩まされ、泣きそうになった。
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# by skyblue-kt | 2006-08-18 23:51

四国 夏 第一日目

お盆休み前半
GWに引き続き、四国、お遍路周りの旅 パート2行ってきました。
前回まわれなかったお寺を参拝です。
といっても今回は、なんだかんだと寄り道・観光三昧で、
お遍路周りの割合は多くはありません。

旅一日目
今回の旅も無計画。
「ちょっとコンビニ行こう」
みたいな感じで、何も考えず、いつものキャンプ用品と日用品をバイクに詰め込んで出発です。
出発したのは昼過ぎ位。
こんなことだからフェリーが出港してからちょっと経ったくらいの中途半端な時間に
乗り場に到着しちゃうんです...
本屋で暇つぶし後、頃合いを見計らい乗り場に向かい
ヘルメットの下に、ちょっとにやけた顔を忍ばせながらもフェリーに乗り込み、
乗ったと思えば、甲板のベンチに陣取り、夕日を眺めながらビール片手に上機嫌。
まぁ、それでもやる時はやる男でしてね。
ビールで微酔い加減になりながらも
フェリー到着時間のチェックと今晩のキャンプ場の予約はやっておきましたよ。
キャンプ場情報には「無料だが一週間前までには要予約」と書かれておりましたがね
この酔っぱらいは、2時間前に予約とっちゃいましたよ ハッハッハ。
キャンプ場に着いたのが20:30
夏のキャンプ場、さぞや賑やかなんだろうと到着すると
そこには一面の暗闇と虫の鳴き声だけ。
アンビリーバブル.... 
結局、僕と同じようにバイク旅行中のおっちゃんと僕の二人だけ だはは。
あまりにも寂しくて、おっちゃんのテントの超至近距離にそそくさとテントを張りました。
温泉に入り、うどん食べてキャンプ場に戻り、四国第一日目は23:00に就寝です。
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# by skyblue-kt | 2006-08-17 22:56

夕焼け

夜の7時を回っているのに、外はこんなに明るい
寒さに凍えていたあのときは、あんなに暗かったのに

そんな中で、少しずつ夕焼けに染まっていく町と空と雲と
時折風に吹かれ揺らめく木々をベランダから見ていると
人がどんなに緻密に設計したってできっこ無い
自然の大きさや雄大さや美しさや神秘さを感じる。

四六時中大自然に囲まれた生活をしていれば、
これほど大きなものを感じることはできないだろうと思う。 
都会での無機質な物に囲まれた生活を送るという代償を払っているかているからこそ
感じれるものはあるように思う。
同じように、毎日毎度御馳走を食べていてはわからない喜びが
たまの御馳走にはあるだろうし。

どっちが良いのかなんてわからない。
それは自分が決めること。

お金があること、無いこと。
家族がいること、居ないこと。
見かけが良いこと、悪いこと。
苦しいこと、楽なこと

ただ、自分に与えられた、いっぱいいっぱいのことに感謝して行くことが
幸せのスタートラインのような気がする。

理想の自分、生活ってどんなのか考えてみた。
都会から少し離れた、田舎でお金の事を考えずに
周りの人々が幸せになれるような、社会に貢献できるような仕事を夢中に出来て
不自由の無い暮らし。
家族は、結婚は...在れば楽しそうな気はする。

実際にそんな生活が出来たとしても、そこに悩みや辛いこととは無縁では無いわけで
時間が経てば、また違った理想の自分、生活を望むんだろう。
今の環境の中にある問題が、環境が変わったからといって無くなるとは断言も出来ない。

そうであるならば、今ある環境に自分をアジャストして、
ちょっとずつ課題を乗り越えながら、自分なりの幸せを見つけていくことが大切なんだろう。
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# by skyblue-kt | 2006-07-30 00:25